不況期に静かに台頭する新たな「優良企業」

 スモール  ジャイアンツ
『SMALL GIANTS』 ボー・バーリンガム著、上原裕美子訳(アメリカン・ブック&シネマ、2008年)

 この本は、アメリカの各地に静かに台頭しつつある新しい優良企業14社を扱った最前線のフィールド・レポートである。取り上げられている米国各地の企業は、「小さな巨人」というタイトルが示すように無名の、日本人にはなじみの少ない企業が多い。なぜこれらの企業が「小さな巨人」なのかと、疑問に思われる読者も多いかもしれない。しかし本書を読み進めるうちに、その疑問は氷解し、疑問は魅力に変わっていく。この本が2005年に出版されて以来、ベストセラーを続けている理由も納得がいく。 

 本書を貫いている本質的な問いは、企業の成功についての社会通念にたいする根本的な疑問である。「事業は成長しなければ破滅あるのみ」、「企業は大きいほうがいい」、「会社は株主の利益のために存在する」、「事業は利益をあげる手段である」といった、ビジネスの世界で常識とされてきた通念がことごとく爼上(そじょう)に載せられ、それに代わる企業像が「小さな巨人」として描かれていく。

 著者のボー・バーリンガムによれば、事業は利益をあげるための単なる手段ではなく、それ自体に他社にはない魂がある。企業を真に優れた存在にし、取り組む価値のある存在にするのはその事業の魂だ。そうした独自の魂は、人間的な規模を越えて拡大すれば、希薄化してしまう。「成長のための成長」という考え方が経営者を支配するようになり、会社は社員の幸せのためにあるという原点は、いつのまにか雲散霧消してしまう。ビジネス界での社会通念を疑い、事業の魂を大切に育み、株主以外の利害関係者との親密な関係性と絆を通して独自の魅力と優位性を築いていく企業群を著者は「小さな巨人」と呼んでいる。

 この本は、昨年秋のリーマン・ショックに端を発する世界的不況の前に出版されたものではあるが、わが国では昨年末に翻訳が出版され、広く読者を獲得するに至っている。金融資本主義が米国を中心に世界を席捲していたまさにその時期に、こうした地味な本がベストセラーとなっていたことに、私はある種の希望を感じる。また時を同じくして、わが国でも坂本光司著『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)などがベストセラーとなり、地味な地方の中堅・中小企業の経営に改めてスポットライトが当てられていることを大変喜ばしいことだと思う。多くの地域企業の関係者に一読をお薦めしたい私の大切な一冊である。


大滝 精一 (経済学研究科 教授、地域イノベーション研究センター長)

専門分野: 経営政策
関心テーマ: 企業のイノベーション戦略、地域企業の経営戦略