創刊号<2008年1月21日>  

この度、東北大学経済学研究科地域イノベーション研究センターのコラム「私の一冊」を発刊することになりました。
創刊号は、経済学研究科教授による、三本のコラムを掲載しています。
テーマは、イノベーション、環境、IT等。
ぜひともご覧頂けると幸いです。
今後とも、随時新しいコラムを掲載していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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サービス化する先進国経済とイノベーション

『IBM:お客様の成功に全力を尽くす経営』北城恪太郎、大歳卓麻編著、ダイヤモンド社、2006年

 
 読者のみなさんは、IBMという会社をご存知でしょうか。おそらく大部分の人は、コンピュータを製造する会社と思っていることでしょう。ところが、現在のIBMはサービスを売る会社に変貌しています。2006年度の売上高でみるとサービス(480億ドル)、ハードウエア(220億ドル)、ソフトウエア(180億ドル)となっています。 

 20世紀初頭に計量秤、時計、タイプライター等を作る会社として出発したIBMは、1956年父から経営を引継いだトーマス・ワトソン・ジュニアがデジタル・コンピュータ制作に挑戦し世界市場を制覇しました。しかし、1980年代後半のコンピュータ産業における構造変化の方向を見誤ったIBMは、90年代はじめ倒産の危機に直面しました。最高経営責任者として外部から乗り込んだルイス・ガースナー(1993年-2002年)は、社員の意識改革を進めると同時に、顧客がかかえている有形無形の課題を解決するサービスの提供を商売の中核とすることで、経営危機を克服しました。そして、再び世界の優良企業に返り咲きました。IBMの経営改革はまさにイノベーション(抜本的革新)といえるものです。

 本書は、再生に成功したIBMがどのような考えに基づいてビジネスを展開しているかを述べています。それは、本書のタイトルが端的に示すように、お客様の立場にたって、お客様の成功に全力を尽くす経営にほかなりません。日本IBM会長北城恪太郎氏は、本書で「ハードウエアー・ビジネスからソリューション・ビジネスへの変革の最中にある日本IBMもイノベーションの継続という意味では、今後サービス業としてのイノベーションに果敢に取り組んでゆかねばなりません。」と力説しています。変化のスピードが速く、グローバル化した経済環境の中で私たちが生きてゆくために、本書はたいへん示唆にとんだ本です。ぜひお勧めします。あわせて、ガースナーの自伝的著書『巨象も踊る』(日本経済新聞者、2002年)もとても面白い本です。

 近年、先進国ではサービス産業の重要性がたいへん高まっています。例えば、日本ではサービス産業のGDPは国全体のGDPの70%を占めています。日本の製造業の生産性は非常に高いのですが、残念ながら、サービス産業の生産性はアメリカと比べてかなり見劣りします。日本が世界経済の中で競争に打勝つには、サービス産業生産性を向上することがぜひ必要です。経済学研究科は、文部科学省から「サービス・イノベーション人材育成プログラム」を受託し、2007年10月より「サービス・イノベーション・マネジャー人材育成プログラム」を開始しました。サービス部門において新たな生産性を創造し、サービスの質を管理できる人材を育てるのが目標です。

 経営学者ドラッカーは、「あらゆる活動にリスクがともなう。だが、昨日を守ること、すなわちイノベーションを行わないことのほうが、明日をつくることよりも大きなリスクを伴う。」と述べています。企業はイノベーションを起こし、変化し続けなければ生き残れません。このことはおそらく営利企業にかぎらず、あらゆる組織に当てはまるのではないでしょうか。


佃 良彦 (経済学研究科教授)

専門分野:統計学、計量経済学
関心テーマ:サービス・サイエンス、金融計量経済学、東アジアの経済発展

「不都合な真実」にも多大なる影響を与えた環境問題の原点


『沈黙の春』レイチェル・カーソン著,青樹梁一訳(新潮文庫,初版1974年(改版2004年))*


 「…人間がこのまま劇薬のような化学物質を無秩序・無制限に使い続けていると,生態系が乱れてしまい,やがて春がきても鳥も鳴かず,ミツバチの羽音も聞こえない,沈黙した春を迎えるようになるかもしれない…」.これは,1962年に米国の女性海洋生物学者レイチェル・カーソン(Rachel Carson (1907-1964))が著した「沈黙の春(Silent Spring)」の序章「明日のための寓話」の要約である.

 今でこそ,同書は名著の誉れ高いものの,出版当時(正確には,雑誌連載時),世論の反響の大きさから農薬化学会社や食品工業会社は,悪意を持って任意の箇所を引用し,非科学的である等の批判的宣伝により,度々,出版妨害にあった.我が国においても,1974年の有吉佐和子著「複合汚染」が出版された際には,同様な現象が起きた.近年では,国境を越えて地球温暖化問題が認識され,強い危機感が持たれているものの,地球温暖化問題が初めて指摘された頃は,多くの識者に全く見向きもされず,ジャーナリズムに至っては批判的論調を繰り返していたのである.このように,環境問題に警鐘を鳴らすという趣旨の著作物は,当初,声の大きい国・企業・人々によって,批判・中傷の矢面に立たされるという傾向があったことは否めない.

 しかし,結果,すなわち,現実はどうであろう? カーソンの著作により,米国のみならず我が国においても多数の危険化学物質の使用が禁止され,健康被害の歯止めに多大なる貢献があった.また,2007年にはアル・ゴアが「不都合な真実(An Inconvenient Truth)」によりノーベル平和賞を受賞したことは記憶に新しい.さらに,ゴアが,同書の出版40周年記念版において巻頭緒言を執筆していることから推測すると,彼はカーソンの意思・行動に共感していることには疑義がない.

 科学技術は,第二次世界大戦後に急速に発展し,人類は豊かさと便利さを得るべきであるという論理の下,「光」の側面が重要視されてきた.一方,現在では,様々な環境汚染や南北格差の拡大といった,「影」の側面を如何に是正できるのか? が重要課題となりつつある.少なくとも,我々は,自然環境を過剰消費し,様々な環境問題を発生させていることを反省しなければならない.このことは,現世代の問題のみならず,将来世代の問題でもある.当然のことながら,まだ生まれていない将来世代の人々は,現時点ではこの議論に参加することはできない.そうとは言え「将来世代の人々に,「沈黙の春」を迎えさせてもよい!」と考える人は皆無であろう.

 同書は,人類が環境と如何にして共生していくべきなのか? また,我々は,一体,何をすべきなのか? 次世代に何を伝えるべきなのか? を考えさせる原点として,是非,ご一読願いたいものである.

 最後に,環境問題に携わっている私が,原著出版年にこの世に生を受けたことに,不思議な縁を感じている.なお,これは私の勝手な思いこみであることは言うまでもない.


林山 泰久(経済学研究科教授)

専門分野:環境経済学
関心テーマ:地球環境問題,公共事業評価

*原著は,Rachel Carson(1962): Silent Spring, Houghton Mifflin. (近年では40周年記念版が出版されている)

コンピュータを身近なものにしませんか

『情報科学入門』伊東俊彦(ムイスリ出版、2007年)


 コンピュータは難しいものと思っていらっしゃいませんか。そのような方にお勧めの本があります。「情報科学入門」は、社会人が「コンピュータとはなにか」、「情報技術とはなにか」をやさしく知ることに最適です。もちろんコンピュータや情報技術の知識がない初学者が容易に読めるように平易なことばで書かれています。本書は、わたしたちが普段なにげなく色々な情報を処理している「人間の情報処理」を出発点として、そうした情報を処理するための道具としてのコンピュータについての基本的な内容を扱っています。

 「情報とはなにか」という情報そのものに関する説明や、情報を処理するシステムである「情報システム」について詳しく述べています。またコンピュータはどのように発展してきたのか、どのような部品から作られているのかなどについてもやさしく述べています。

 さらに近年、世界中をひとつのネットワークで結んだといわれている「インターネットとはなにか」についてもインターネットの始まりからの発展にふれて、いま盛んにおこなわれているインターネットを使ったネットショッピングまでやさしく説明しています。

 以下には具体的に各章の概要について示します。

1章「情報の基礎」
情報という用語はどのような意味をもつのかなどについて考えていきます。また、情報と同じような用語であるデータや知識について、その違いをみていきます。最後に、データや情報の表現のしかたについてみていきます。

2章「情報技術の基礎」
情報技術や情報技術の主要な部分をしめるコンピュータの歴史についてみていきます。さらに、コンピュータの構成要素と入出力関連技術について述べ、コンピュータの基本的な考えである論理演算やコンピュータに命令語についてもみていきます。

3章「ソフトウェアとデータベース」
コンピュータシステムに使われるソフトウェアと、問題解決の手順であるアルゴリズムをコンピュータの命令語であらわすプログラミングについてみていきます。最後にデータを一元管理するシステムであるデータベースシステムについてみていきます。

4章「ネットワークの基礎」
ネットワークの意味と種類、ネットワークの基礎的な技術についてみていき、最後にインターネットで使われている基礎的な技術や応用技術についてみていきます。

5章「ビジネスと情報技術の活用」
ビジネス分野の情報技術活用について考え、つぎにインターネット利用のビジネスである電子商取引をみていきます。さらに情報システムの安全性の概念であるセキュリティや守るべき基本的なルールである情報倫理と著作権などについてみていきます。


伊東 俊彦 (経済学研究科教授)

専門分野:情報システム
関心テーマ:企業変革と情報技術、プロジェクト・マネジメント