地域間格差の経済理論

『脱国境の経済学』 P. クルーグマン著、 北村行伸・高橋亘・妹尾美起 訳
1994年訳書出版 東洋経済新報社


 昨今地域間格差の議論はますます盛んになっています。東京一極集中はいっそう進み、いまや日本の人口の25%は東京都市圏に集中しています。また東京以外の地域においても、仙台のような地方中核都市は着実に成長を続けているのに対し、地方小都市や農村の疲弊はますます深刻になっています。

 なぜ経済活動はこうも地理的に不均一なのでしょうか。東京・仙台のようなある一定の地域に産業が集中し、その他の地域で経済活動が活発でないのはなぜなのでしょうか。このような大都市集中の構造は今後も安定的なのでしょうか。「新経済地理学理論」と呼ばれる経済理論はこのような問題の分析に非常に有効な理論として1990年代を通じて大きく発展しました。本書はこの新経済地理学理論の嚆矢となった非常に重要な著作です(正確にはこの本の下地となった学術論文ですが)。

 本書の中で著者は輸送費用、工場設置のための固定費用、そして地理的条件に強く縛られず、移動可能な生産活動(工業)の存在という3つの要素がこのような地理的に不均一な経済活動を説明するのに根本的に重要であることを示しました。今仮に人口や土地の広さなどがまったく等しい二つの地域があったとします。このとき2地域間の輸送費用が十分に低いなどの一定の条件下では、これら3つの要素の連関を通じて、全ての企業はどちらか一方の地域に集中して立地することとなり、両地域に均等に企業が立地するような事態は安定的には起こらないことを示しました。つまり全く等しい2つの地域であっても一定の条件の下では一方の地域のみが企業を引きつけ、いわゆる都市として発展するというのです。したがって本書が提示するモデルからは、交通機関が整備され、輸送費用がますます下がり続ける現代において、一部地域へ産業が集中する構造は安定的であることが予想されます。

 もちろん現実の経済活動は、ここで考慮された輸送費用・規模の経済のみならず、様々な要因に規定されていることはいうまでもありません。例えば、都市に企業・人が集まれば交通渋滞や家賃・地価の高騰などのいわゆる混雑が発生するので、都市に産業が集中し続けるということはできないかもしれません。また、産業の移動は人の移動も意味します。故郷への愛着や引っ越し費用など、人の移動を妨げる要因は数多くあり、誰もが都市に移動するとは限らないでしょう。本書が出版されて以来、このような様々な要因を考慮し、現実に見られる経済活動の集中や地理的不均一性をよりよく説明するべく多くの研究者が、この理論の拡張・精緻化に取り組んでいます。また、現実の経済活動のデータを使ってこの理論をテストする試みも現在活発に行われており、新経済地理学理論の研究は現在ますます発展を続けています。

 本書は専門的な知識を必要としなくても理論のエッセンスが伝わるよう、直観的に非常にわかりやすく書かれています。都市・地域の問題にご関心のある方にはぜひ一読をおすすめいたします。


中島賢太郎 (経済学研究科 准教授)

専門分野:地域経済学
関心テーマ:産業集積・人口移動・経済発展