現代の経営・会計を考える上での最も重要なケーススタディ―市場と戯れ、報いを受けた大人たち―

『エンロン崩壊の真実』、ピーター・C. フサロ/ロス・M. ミラー著、橋本碩也訳 (税務経理協会、2002年)

 2000年度において1,110億ドルの売上高(当時全米第7位、日本円で約12兆円)を計上していた米国エンロン社 (Enron Corp) は、不正会計問題が引き金となって2001年12月に破綻した。そして、それがきっかけとなってSOX法*が制定され、米国における会計・監査体制は強化されることとなった。エンロン社の破綻は、規制緩和、政治と企業の関係、会計・監査、企業経営、エネルギー政策など様々な問題と関連づけられるものであり、これらを考える上できわめて重要な事件である。

 エンロン問題をめぐる文献はいくつか刊行されているが、本書は比較的初期に出版されたものである。主要な登場人物―CEO*のケネス・レイ、ジェフリー・スキリング、アンドリュー・ファウスト―に焦点を当てつつ、エンロン社の誕生、社内風土、議会への工作、規制緩和を受けた事業拡大、そして破綻に至る経緯を膨大な資料に基づいて詳述している。評者が特に興味を覚えたのは、子供のころスターウォーズの「カード集め」において、コレクションを完成させるためのトレーディング(交換)に熱中した世代として彼らを位置づけ、そして、そのアイデアの延長線上としてエンロンのビジネスをとらえている点である。

 エンロン社の事業を説明することはきわめて困難であるが、その主要なものは、革新的な金融および情報ネットワークの技術によって主にエネルギー関連(最終的には様々なものに手を広げていくこととなる)のトレーディング市場の構築にあった。本書では、カードのトレーディングに熱中したかつての少年少女たちが、様々な知識を身につけ、より大規模かつ競争的にそれをビジネスとしていた光景が描き出されている。

 エンロン問題に関する文献では、取引の技術的な側面、あるいは不正会計に注目されることが多いが、登場人物の行動とその背後にある思想ないし考え方についての記述が豊富であることも本書の魅力である。例えば、ケネス・レイは経済学の博士号を有し、大学の教壇に立ったこともあり、市場に対する信奉があったことが指摘されている。エンロン社のビジネスは、こうしたケネス・レイの考え方を具現するものであった。

 最後に、エンロン事件の教訓が生かされたのかという点について、評者は十分ではないと考える。エンロン事件の後も多くの不正会計問題が各国で発生している。日本で起こったライブドア事件は、エンロン事件に比べればきわめて小規模であるが、そこで用いられた不正会計の手法は、エンロン事件で用いられたものと類似していた。本書は会計・経営の専門家ではなく一般的な読者を対象としている。コーポレートガバナンス、不正会計、会計制度の改革、市場のあり方を考えるにあたって、まず手に取るべき1冊としてお勧めしたい。

* SOX法 (Sarbanes-Oxley Act) :米国の公開企業会計改革および投資家保護法の通称。法案提出者であるPaul Sarbanes上院議員とMichael G. Oxley下院議員の名前からこう呼ばれることとなった。
* CEO (chief executive officer):最高経営責任者


木村史彦 (経済学研究科 准教授)

専門分野:財務諸表分析、実証的会計
研究関心テーマ:経営者の利益操作、会計とコーポレートガバナンス