誰のために、何のために大学教育の「質」を「保証」するのか?

『大学教育と質保証-多様な視点から高等教育の未来を考える』斉藤里美、杉山憲司(編著)(明石書店、2009年)

 大学間競争のグローバル化が進む中、国内では少子化という独自の問題を抱える日本の高等教育機関に今、求められる「質の保証」とは何か?

 本書では、高等教育に関わる専門家らが、それぞれの専門領域というフレームワークの中で大学の「質」と「保証」を定義し、大学教育の目標・方法またその質保証と学習を支える要因の相互作用を分析しながら、大学教育の質保証とは一体誰のために、なぜ行うのかという共通のテーマを追う形で議論を展開させている。

 具体的には、高等教育の質保証を世界の主要地域・国および日本の政策的観点より整理・分析し(1章)、質保証の対象者や大学が追う説明責任が高等教育政策史上どのように変容してきたかを検証することにより現在の課題を洗い出し(2章)、質保証を支える学習を教育心理学的視点で捉え、従来の知識伝達型の授業に、教育効果の高い学生参加型を取り入れ「教員と学生の相互信頼感に基づいた学びのコミュニティー」(p.92)作りを行うための具体的ペタゴジー(教授法)を紹介している(3章)。また、4章、5章では、学生相談、キャンパス・アメニティーの観点から、学習の場面以外でも大学の質保証に関わる要因が存在することを指摘した上で、教育と学生支援を統合させた包括的なキャンパスライフの質の向上への方策が提案されている。

 6章では、地域論から大学の意義や課題を見直し、従来の研究成果の応用・実践というルートのみならず、社会人教育や学生参加型、プロジェクト型の地域連携型教育により大学と地域社会のつながりを深めることの重要性が説かれている。「グローカリゼーション」の推進で大学が担うべき役割は何か、大学教育の質が社会で検証されることが質保証にどのようにつながるかという視点から興味深い議論が展開されている。

 7章は、大学教育のあり方をキャリア教育・支援という切り口で論じている。社会で必要とされる学士力、社会人基礎力を備えた自律的人材を、大学がそれぞれの建学の精神、使命、教育目的に則った教育方法で育てることの重要性に言及し、またそのためにはこれまで連続性の希薄が指摘されていた大学と産業界の意思疎通を活発化させ、社会へのフィードバックを意識したキャリア教育を体系的に展開してゆく必要があると指摘している。

 高等教育の国際競争はWTOのサービス貿易に関する一般協定(GATS)発効に伴い、高等教育がサービス貿易の対象となったことで本格化した。OECDが進める国際的に通用する主要能力(キー・コンピテンシー)評価の枠組み作りは世界各国の学力・能力観に影響を与え、The Times Higher Education Supplement(英Times誌別冊)や上海交通大学が毎年発表する世界大学ランキングは、大学間競争を激化させる要因となっているとの批判がある一方で、一定の評価基準で大学の質を検証することで高等教育の信頼性や透明性を高め、各国の機関に国際通用性を意識させるという点では評価に値する役割を果たしている。

 アメリカでは第3者専門機関によるアクレデーション(適格認定)の整備が進み、ヨーロッパではボローニャ宣言(1999年)に続き、欧州高等教育質保証ネットワーク(ENQA)が2005年に「欧州高等教育圏質における質保証のための規準および指針」を発表するなど、高等教育の質保証のための取り組みが行われている。また、留学生の比率が50%を超す大学も出現している豪州では、世界各国から優秀な学生を獲得するために国際競争力を意識した大学改革が進められている。

 日本の大学はこれらの高等教育の国際化による外的プレッシャーに加え、少子化や学士力の問題、また経済界の要請に従属的な人材育成を行うことへのジレンマなど、内的プレッシャーとも向き合いながら、「質」を向上・維持し、「保証」するための方策を模索しなければならない状況にある。本書が指摘するように、我々大学関係者は、質保証の重要性を認識しながらも、大学評価の標準化が大学から個性を排除しないよう、「質」の多様化を試み、大学の自律性・裁量と質保証をどのように天秤にかけるか、さらに議論を深化させる必要がある。


末松 和子 (経済学研究科 准教授)

専門分野:国際教育、異文化間教育
関心テーマ:異文化間教育効果、異文化適応