「会計とは何か」を考える有力な一つの手がかり

井尻雄士著『会計測定の基礎-数学的・経済学的・行動学的探求-』(1968年,東洋経済新報社)

 数年前の台湾会計学会のおりに,私は当時アメリカ会計学会会長であったSS先生と約10年前に続いて2度目の面談の機会を得た。私は,ご指導下の院生達に指定される本についてSS先生に質問した。SS先生は,井尻(1968)の下記「原著」,ご自著,バーナード著『経営者の役割』など6点をリストされ,これだけでも数ヶ月を要するとコメントされた。

 井尻(1968,序文)では,少なくともつぎの3点が言われる;a.行動科学,OR,それに当時出始めの電子計算機などから会計へのチャレンジが盛り上がっている情況のなかで,この情況に会計に携わる者一切を含む会計人達が対応するにあたり,目先の不平不満へのつじつま合わせに追われる会計に陥ることのないように,これまで会計が作りあげてきた基礎の研究こそが肝要であること,b.会計には会計の対象である経済や経営の現象に対する固有の見方,考え方,組織立て方があり,会計は学問的にも独自の哲学をもっていること,それに,c.ある分野の基礎を探求することは,いかなる科学者にとってもそのこと自身に本源的な意義が存すると同時に実用的な価値をもたないわけではないこと。

 井尻(1968)は,全8章で構成され,全体を通じてこんにちでも実に新鮮な思考や概念を用いながら会計測定の基礎が説明される。特に印象的な章は,つぎの4つである;(1)会社の財政状態と経営成績を「本体」,会社の貸借対照表や損益計算書から成る財務諸表を「写体」,とそれぞれを表現しながら会計での言語や測定の意味が説明される第1章,(2)「分類的複式簿記」と「因果的複式簿記」とによる会計記録が記述される第5章,(3)客観性(ないしは, 検証可能性)ついて,これを知覚する人間から独立した客観的要素の存在というよりも,観察者や測定者のある集まりのなかでの合意(consensus)と考える方が現実に即しているとの思考によりながら,「信頼度」は「客観度」と「信頼偏差」との和であると説かれる第7章,そして,(4)「社会は衣服の上につくり上げられたものである。人間の俗界的な利害関係はすべて衣服を通じて互いにホックやボタンで結びつけられているのである」(CARLYLE,T., Sartor Resartus (仕立て直された仕立屋))(1834, p.51)を引用しながら,衣服すなわち会計の存在なくして私たちの複雑な利害関係を結びつけることが不可能なのにもかかわらず,その担い手である仕立屋すなわち会計人に向けられてきた偏見や不公平の存在を指摘して,会計人への再評価を社会に訴えられる第8章。

 井尻(1968)は,「原著」と称されているIJIRI,Y., The Foundations of Accounting Measurement: A Mathematical, Economic, and Behavioral Inquiry (Prentice-Hall, Inc., 1967)の修正加筆版である。私には,まれに「原著」の方が説得力の強いことがある。その意味でも,同一著者による井尻(1968)と「原著」との双方を私は推薦したい。


藤井 建人 (経済学研究科 教授)

専門分野:国際会計,米国会計史
関心テーマ:コ-ポレ-ト・ガバナンス,財務会計制度の国際比較