「政府の無駄遣い」を喧伝することで得をするのは誰か?

井堀利宏『 「歳出の無駄」の研究』日本経済新聞出版社、2008年

 IMF・CIAによると、2008年時点におけるGDPに対する累積財政赤字比率のワースト1はジンバブエで218.2%、第2位は日本で194.9%だそうです。ジンバブエは年率2億3100万%のインフレが発生していることで有名ですね。日本は今のところ社会混乱を起こさず国債を発行できており、ある意味財務省を賞賛すべきなのかもしれませんが、とはいえ、もはや限界に近いというのは多くの方が同意するところだと思います。財政赤字は少子化と並んで、日本の将来が抱える最大の不安の1つと言っていいでしょう。

 なぜ先進国の中で日本にだけこれほど財政赤字が発生しているのでしょうか。歳出が大きすぎるのか、税収が少ないのか。実は、客観的にデータを見れば日本の一人当たり歳出規模は先進国中それほど大きいわけではなく、間接税をはじめとする租税負担率がかなり低いことが分かります(但し、社会保障負担は高齢化のためそれなりに大きい)。どの程度の福祉を目指すのかにもよりますが、他国と比べる限り日本は「税金が安すぎるから財政破綻しようとしている」というわけです。

 と、こんなさらっとした説明で納得されましたでしょうか?「そんなわけがない、役人が無駄遣いをしているからに違いない」、心のどこかでそう思っている人は少数ではないでしょう。「毎日税金を払ってやっているのに安すぎるとは何事か!」と立腹する方もいるでしょう。したがって、視聴率が気になるマスコミも、次の選挙が心配な政治家も正面切って「税金が安すぎる」と言うことはできず、かといって「福祉を削減せよ」というのも不人気なわけで、結局「どこかに役に立たない無駄があるに違いないからそれを削減せよ」というのが無難な落としどころとなるわけです。

 何も役立たない無駄を削減すること自体は、誰にも反対できないよいことです。しかし、何も役立たない無駄「絶対的な無駄」はどれほどあるのでしょうか? 井堀利宏著『「歳出の無駄」の研究』では政府の支出各項目を吟味し、「絶対的な無駄」が最大どれほどあるか大胆に推計しています。たとえば国家公務員の人件費5兆円のうち、現業職員を中心に3000億円程度が節約可能、7兆円の公共事業のうち1割程度が調達方法の改善により節約可能、これらの合計1兆円程度が国の予算の絶対的な無駄であり得ると推計しています。地方政府・独立行政法人などを合わせると最大4兆円程度(GDPの1%)であり得る。これらを出来るだけ削減することは重要ですが、本書はむしろ、「絶対的な無駄が(中略)50兆円以上あるように宣伝し、それを完全になくすことをターゲットにすることは、二重の意味で非現実的な目標設定をすることになる。その結果、誰もそれを真剣に解決しようとしない」と警鐘を鳴らしています。

 本書の分析によると、高齢者への過剰な年金給付、生活保護、外国へのODAなど15兆円程度は給付の便益が費用を下回り「相対的な無駄」であり得ます。実在しない「巨大な絶対的無駄」を削減せよというスローガンは、より金額の大きな相対的無駄から目をそらさせ、また増税も先送りさせる。その結果得をするのは、相対的な無駄が手つかずのままで現在の増税を逃れる現役世代、特に中高年の世代であると本書は看破しています。大きく損をするのは将来世代と若者です。

 多くの若者が「歳出の無駄」の内実を知り、無駄の削減だけを喧伝する無責任さに気がついてほしいと思います。いや、すでに十分内実を知っており、マスコミに冷たい視線を送っているのかもしれませんが…

堀井 亮 (経済学研究科 准教授)

専門分野: マクロ経済学
関心テーマ: 経済成長・所得分布