現場でしかわからない「福祉国家」の実態

『貧困襲来』湯浅誠(2007年、山吹書店)

 「ワーキング・プア」、「ホームレス」、「フリーター」等の言葉はよく知っている人でも、本書のタイトルには一見ぎょっとするかも知れない。だが、そうしたカタカナで軽い言葉のために見えにくくなっていたものが、まぎれもない「貧困」であることが本書を読み進めていくとわかるだろう。

  本書は、生活困窮者を支援するNPO法人・自立生活サポートセンター「もやい」の事務局長を務める筆者の、「貧困」をテーマにした現場ルポと、その政治的、社会的考察である。本書はまず、現在の貧困の特徴が、企業や家族などかつての日本の福祉の中核だったところからの排除にあること、日本で貧困を見えにくくしている原因が、政府、マスコミ、一般市民、そして自分自身による「四重の否認」にあり、その代わりに「格差」という、あいまいな表現が使われて議論が混乱していることが述べられる。さらに、「再チャレンジ」が、実際にはセーフティネットのない、単なる労働市場への放り出しであることや、最後の拠り所である生活保護の徹底的な抑制方針、社会保障における財源論の問題点など、近年の政策批判が続く。ここでいう財源論とは、社会保険方式を前提とした上で、その「持続可能性」のためには給付を抑制し、財源(保険料)を増大させるべき、との議論であるが、それは、最初から国の責任を意味する税金投入の蛇口が閉められた議論だとされる。

 本書後半では、セーフティネットからこぼれ落ちた人たちを対象にした「貧困ビジネス」の実態が筆者の体験も交えて述べられているが、ギャンブルや消費者金融だけでなく、それ以外の、敷金礼金ゼロ、あるいは保証人不要の賃貸住宅など、一見困窮者に有利に見えるサービスが、実際には彼らを収奪する「貧困ビジネスネットワーク」の一環であるという指摘は衝撃的である。

  本書での政治的な主張に対しては様々な立場からの意見が可能であろう。しかし、それ以前に認識すべきことは、現場でしか知ることのできない、これまで「福祉国家」をめざしてきたとされる日本で今起こっている貧困の実態である。研究室や机の上では決してわからない現実が本書にある。

 個人的に強い関心を持ったのは第一に、貧困が、金銭的のみならず、家族、友人などの人間関係的な、そして気持ちのゆとりである精神的な「溜め」のなさによって生じるという説明である。貧困は単なる経済的問題ではなく社会的な問題なのである。第二に、上述した、政府、マスコミ、社会による「貧困の隠蔽」という点である。金持ちや権力者だけではなく、われわれ自身が「貧困」から目をそらしてきた。本書ではこれまで行政の対象だった「新しい公共空間」が地域や市民による「共助」によって支えられる予定であることを「地域への公的責任の押し付け」と論じているが、それは同時に、地域において共に支えあう社会資源が乏しく、公的福祉の受け皿がないことも意味しているのではないだろうか。

佐々木 伯朗 (経済学研究科 准教授) 

専門分野:財政学 
関心テーマ:社会保障財政