経済学部の学生が数学を学ぶには

藤田岳彦著『ファイナンスの確率解析入門』講談社, 2002年

 数学ってどうやったらできるようになるのだろう?別に数学自体を志していなくとも、経済学や物理学、工学などの数学の単なるユーザーであっても疑問に思うことがあります。これは、学生さんのみならず、教員だって疑問なことです。そんなことを考えていると、『ファイナンスの確率解析入門』という本は、一つの回答を見せてもらった気がします。

 この本は、私が東北大に赴任して初めて受け持った2009年度の学部ゼミにおいて教科書として用いた本です。著者は高名な数学者ですが、実は、(測度論を用いていないという意味で)わざと厳密な数式の展開をしていません。「わざと」と書いたのは近年の数理ファイナンスで用いられる確率論はとても高度化しており厳密に式展開をすると、非専門家が数理ファイナンスを学ぶことが困難になることを理解して書いておられるからです。そのため、序文を読むと、『著者も「厳密な数学」をおろそかにしているのではなく、それに入る前の動機づけや準備を入念に行えといっているだけなのである』とあります。

 私のところのゼミ生も、数学の本を読むのが初めての経験だったらしく、読み始めてすぐはよく分からないという感じでしたが、ある時頑張ったら式が追えると思ったらしく、むしろ難しいはずの後半はどんどん読んでいました。一つの経験則からいえるのは、まず著者の言うように動機づけのために少し不慣れなものでも頑張って計算してみる。そのあと、少しいい加減にやった箇所をちゃんとやったらどうなるか考えてみる。この繰り返しこそが、私の経験からも、数学を理解するいちばんよい方法ではないかと思います。

 本を開けてみたらわかるように、計算はちょっと大変なのだけれども、頑張れば、かなりの部分は学部の学生さんでも追えるようになっているのはとても嬉しいです。それっぽく書いてあり、でも気がつけばブラック・ショールズ式と呼ばれるオプションの価格公式の導出までは掲載している本は、本屋さんへ行くと他にもあるかもしれません。が、この本の面白いところは、確率解析と呼ばれる、現代的な確率論のメイントピックの入門部分において重要な概念はほとんど包含しているところにあります。確率解析を学んだときに知らないといけないこれらの知識はたくさんあります。

 ブラック・ショールズ式を導出しようとすると、これらの物は一通りすべて知らないといけません。それを一つずつ、分布計算を軸に導出してあり、単に、ブラック・ショールズ式を導いて終わりとはしないところに著者のこだわりが見えます。また、前半の離散モデルと後半の連続モデルの対比も大変面白く、見通し良く確率解析を学べるのではないのでしょうか。こういう本をしっかり読んで基礎的な体力をつけることができれば、将来的にはより深く確率論や数理ファイナンスを理解できるのではないかと思います。後半部では、著者の提案した経路依存型商品の導出についても述べてあり、入門レベルから研究レベルまでの確実な橋渡しとなるものと思えます。

室井 芳史 (経済学研究科 准教授)

専門分野: 金融工学・数理統計学
関心テーマ: デリバティブの価格評価の数理