歪められた会計数値

『会計トリックはこう見抜け』,ハワード・シリット著,菊田良治訳 (日経BP,2002年)

 本書は,会計操作に関する米国の事例を分析したものである。著者は会計操作を「財務粉飾」と称している。紹介されている財務粉飾は,架空取引を用いた粉飾ではなく,取引に対して不適切な会計処理を行い,売上高や利益を操作する事例が多く集められている。本書でも述べられているが,財務粉飾は害のないものから詐欺的なものまで幅広く存在し,程度の差こそあれ,小企業から大企業まであらゆる企業で行われている。著者は詐欺的な財務粉飾がいかに投資家を不幸にするかを力説し,その発見手法を伝授している。 

 財務粉飾のような経営者が会計数値を歪める行為について,大学での講義ではふれられることはめったにない。会計教育といえば簿記から入る場合が多い。そこでは取引が与えられ,「あるべき」会計処理があり,簿記のシステムを通じてあたかも自動的に財務諸表が作成されるように説明される。同一取引に対して,認められない処理も含めた様々な会計処理例を示して,採用する手法に応じて異なった会計利益が計上されるといった解説は余り行われない。 

 しかし現実には会計数値は自動的に生成されるわけではなく,会計処理には経営者の意図を介入させることが可能である。というよりむしろ,財務諸表の作成にはありとあらゆることに経営者の見積もりや判断が不可欠である。例えば,資産の耐用年数や貸倒の見積もりを一つとっても,それは理解できるであろう。 

 そのような会計の特徴を理解しつつも,経営者が相対している利害関係者は,売上高や利益の安定した成長を望む。そのなかでも投資家は強い影響力を持ち,予想された会計利益を達成するか否かを特に注目している。本書では,経営者がなぜそのような財務粉飾に手を染めたかは詳しくは解説されていないが,多くは投資家の期待を達成するためであることは想像に難くない。米国では1株当たり利益が市場の予想から僅かに1セント欠けるだけで,市場で厳しく評価される現実からも,経営者のプレッシャーの大きさは理解できる。言い換えれば,それほど会計数値は投資家で重視されているのである。 

 しかし,本書で紹介されたような財務粉飾が頻発すれば,会計に対する信頼性が失われる。極端な想像かもしれないが,会計がなんの参考にもならない不要なものと見なされてしまうこともありうる。そうならないためにも,会計に携わるすべての関係者の不断の努力が求められている。そこで原動力となるのは,本書の著者のように,粉飾は許されないという姿勢ではないだろうか。


榎本 正博 (経済学研究科 准教授)

専門分野: 財務会計
関心テーマ: 会計処理方法の選択