「不都合な真実」にも多大なる影響を与えた環境問題の原点


『沈黙の春』レイチェル・カーソン著,青樹梁一訳(新潮文庫,初版1974年(改版2004年))*


 「…人間がこのまま劇薬のような化学物質を無秩序・無制限に使い続けていると,生態系が乱れてしまい,やがて春がきても鳥も鳴かず,ミツバチの羽音も聞こえない,沈黙した春を迎えるようになるかもしれない…」.これは,1962年に米国の女性海洋生物学者レイチェル・カーソン(Rachel Carson (1907-1964))が著した「沈黙の春(Silent Spring)」の序章「明日のための寓話」の要約である.

 今でこそ,同書は名著の誉れ高いものの,出版当時(正確には,雑誌連載時),世論の反響の大きさから農薬化学会社や食品工業会社は,悪意を持って任意の箇所を引用し,非科学的である等の批判的宣伝により,度々,出版妨害にあった.我が国においても,1974年の有吉佐和子著「複合汚染」が出版された際には,同様な現象が起きた.近年では,国境を越えて地球温暖化問題が認識され,強い危機感が持たれているものの,地球温暖化問題が初めて指摘された頃は,多くの識者に全く見向きもされず,ジャーナリズムに至っては批判的論調を繰り返していたのである.このように,環境問題に警鐘を鳴らすという趣旨の著作物は,当初,声の大きい国・企業・人々によって,批判・中傷の矢面に立たされるという傾向があったことは否めない.

 しかし,結果,すなわち,現実はどうであろう? カーソンの著作により,米国のみならず我が国においても多数の危険化学物質の使用が禁止され,健康被害の歯止めに多大なる貢献があった.また,2007年にはアル・ゴアが「不都合な真実(An Inconvenient Truth)」によりノーベル平和賞を受賞したことは記憶に新しい.さらに,ゴアが,同書の出版40周年記念版において巻頭緒言を執筆していることから推測すると,彼はカーソンの意思・行動に共感していることには疑義がない.

 科学技術は,第二次世界大戦後に急速に発展し,人類は豊かさと便利さを得るべきであるという論理の下,「光」の側面が重要視されてきた.一方,現在では,様々な環境汚染や南北格差の拡大といった,「影」の側面を如何に是正できるのか? が重要課題となりつつある.少なくとも,我々は,自然環境を過剰消費し,様々な環境問題を発生させていることを反省しなければならない.このことは,現世代の問題のみならず,将来世代の問題でもある.当然のことながら,まだ生まれていない将来世代の人々は,現時点ではこの議論に参加することはできない.そうとは言え「将来世代の人々に,「沈黙の春」を迎えさせてもよい!」と考える人は皆無であろう.

 同書は,人類が環境と如何にして共生していくべきなのか? また,我々は,一体,何をすべきなのか? 次世代に何を伝えるべきなのか? を考えさせる原点として,是非,ご一読願いたいものである.

 最後に,環境問題に携わっている私が,原著出版年にこの世に生を受けたことに,不思議な縁を感じている.なお,これは私の勝手な思いこみであることは言うまでもない.


林山 泰久(経済学研究科教授)

専門分野:環境経済学
関心テーマ:地球環境問題,公共事業評価

*原著は,Rachel Carson(1962): Silent Spring, Houghton Mifflin. (近年では40周年記念版が出版されている)